日本一時帰国中 2

猛暑らしいじゃん.jpg「バンコクより数段暑いよ」「夜もそのまま暑いからね」と聞き、覚悟を決めて薄着しか持ってこずに過ごす日本の夏、思ったよりかなり涼しいじゃないか。確かに今年の日本の夏は相当暑苦しかったようなんですが、ここ数日は曇り空で風もあって気温が大して上昇しない。天気予報見てると、最低気温が25度以下だったりする。どうりで涼しいわけだ。だってね、タイの乾季で午前中寒い寒いと長袖2枚着て温度計見たら23度だったってレベルですから、私の肌。

さてさて、今日も日本に来て感じる「へえ」について講じたいと思います。私、けっこういいお歳なんですけど、母に「ここは日本なんだから」って叱られちゃいました。その訳は・・・

実家はマンション、タイ語でコンドーでございます。ここがまた、中庭があったり受付フロントがあったり、図書館やソファーの置かれた広いロビーがあったりで上品。住民も多く、ちょっとしたコミュニティになっている感じ。

入り口を過ぎると、すぐに掲示板があるのですが、そこに張り紙された注意事項の多いこと。ベランダからのタバコの灰、犬の糞、夜間の大きな声でのおしゃべり、住民同士すれ違ったら挨拶、渡り廊下を走るな云々と、どっかの高校かよと思うような項目がずらずらと書かれているんですね。もともと校則嫌いでしたから、ロビーで子供とかくれんぼしてたら、いい年して母に叱れちゃいました。マンションの棟の中に入って行っても、要所要所に「お静かにお願いします」の看板が。いちいちうるさいよねえ、とつぶやく私を母がたしなめる。

日本のマンションってそんなに厳しいのかと思うのですが、実はまだ子供が小さかった頃に一時帰国をしたとき、どうにもならない夜泣きで抱っこして少し表に出たりしてたら、なんと上の階に住む同い年くらいの女性が文句を言いにきたことがありました。

「何時だと思ってるんですか」って言われて、「ごめんなさい、でも今日外国から来たばかりで」の後に「子供は泣くのが仕事だろうがぁ、おいこらぁ」と続きそうなところを、母に「これからご近所付き合い難しくなら」となだめられ、しょぼんとした振りはしましたが、旦那も唖然としていましたよ。

さて、これがタイの家だったらどうでしょう。私はバンコク郊外の集合住宅街に住んでいます。マンションとは構造が違いますが、隣の家が近いという点は同じ。子供の夜泣きなんか、はっきり言って日常茶飯事。夜泣きだけでなく、朝は学校のお迎えバスに乗りたくない子供の泣き声、夕方は学校から帰ってきてオイタしてお母さんに怒られての泣き声、週末の日中だって兄弟げんかの泣き声などなど、四方八方から聞こえてきます。

我が子が夜泣きした時にしたって、母屋に住む義母やらおばーちゃんやらが心配してドアをがんがん叩いて助けに来てくれましたし、翌朝お向かいの奥さんたちに「昨晩は○○(子供の名前)、熱でも出したの?大丈夫?」と心配されたり。

お向かいの兄弟がまだ小さかった頃、大喧嘩して弟の方が家を飛び出していったのを、私の夫が自転車で追いかけてなだめたり、数件先の新婚夫婦が喧嘩して奥さんが義母のところに泣いて駆け込んできたときには「家って、寺小屋みたい」と思ったものですが、人間生きてれば、生活していれば喜怒哀楽はあるわけで、そこを上手に切り取って、表に出さずに過ごす方が難しいと思うんですよね。

タイではご近所助け合い精神が普通にありますし、ご近所というのは仕事先などオフィシャルな付き合いと違って、生活の場でつながっているすっぴんの付き合いですから、家の中での揉め事にもちょっと首を突っ込んで助け合ってるわけです。

一方日本では、マンション内ですれ違ったら「挨拶しましょう」なのに、その笑顔の奥にあるものには触れないようにしておくご近所付き合いというのがよしとされているようです。

でもふと思い起こせば、私が生まれた場所はもっと下町寄りだったせいか、ご近所付き合いが濃かったなあ。両親が不在の時は、近くのお茶屋さんに預けられたり、数軒先の中華料理屋で調理人が倒れたときにはお父さんが真っ先に走ってったのを今も覚えてるしな。

時代や場所、土地柄なんかによるんでしょうが、「ご近所付き合い」の差は今の私にとってはカルチャーショックでしたね。ではまた次回。