国王誕生日

王様の誕生日1.jpg今日12月5日は、プミポン国王様のお誕生日で祝日です。84歳になられた王様を祝う祝賀や祭典が朝から王宮で行われています。国王は国民の父ですので、今日はタイの「父の日」でもあり、家族が揃ってお父さんを囲む一日なんですね。

タイでは自分が生まれた日の曜日を大事にするのをご存知ですか?曜日によって色がありますが、王様がお生まれなった月曜日は黄色。今年はまさしく月曜日ということで、庶民も黄色を着てお祝いするかと思いきや・・・

実は我が家も大変迷ったのですが、結局子供も私もピンク色。5年くらい前までは、普段から月曜日には黄色を身に着ける人がとても多かったのですが、その後当時首相だったタクシン氏を支持する人は赤、支持しない人は黄色と、政治が絡んだ強い色たなってしまい、だんだん街中から黄色いシャツが消えていきました。

ピンクのジャケット.jpgそこで黄色に台頭したのがピンク色。これは2007年に退院されたときに国王ご自身が着ていらしたピンク色のジャケットから来ています。曜日に関係ない、政治に関係ない、優しくて愛らしさの象徴であるピンク色が、それ以来王様への敬意を表す色として定着しています。

国民に敬愛されているプミポン王様について、ウィキペディアにも説明がありました。

「王室プロジェクト」と呼ばれる農業を始めとする地方経済の活性化プログラムを自ら指導する他、自ら土地改革運動のために王室の所有地を提供したり、農村開発や干ばつ対策の人工雨等の各種王室プロジェクトを推進している。また、王妃と共に地方視察も非常に精力的に行い、泥濘や雨天の中でも人々の輪の中に積極的に入っていくなど国民に近い立場を取り続けることから、確実にタイ国民の尊敬と信頼を勝ち得た。実際に、毎年誕生日前になると全国各地に肖像画が飾られ、国王の色とされる黄色いシャツを着用した市民で埋め尽くされるほどである。

現在は入院中でいらっしゃいますが、かつては国民の生活向上や国の発展に大変な力を注いでこられました。それが、国民一人一人の心に大きな感謝の気持ちとなり、また支えてとなっています。

Newsclipウェブ版でのプミポン王様の説明は次のとおりです。

1927年、米国マサチューセッツ州ケンブリッジ生まれ。祖父はタイの現王朝の中興の祖である5代目チュラロンコン大王、父はチュラロンコン大王の数多い息子の1人だったマヒドン皇太子、母は中国系の一般女性。
 タイの絶対王政を廃した1932年の立憲革命とその後の第2次世界大戦の影響で、1934年から1952年まで主にスイスに滞在し、同国のローザンヌ大学で政治学、法学などを学んだ。
 スイスで共に暮らした兄が8代目の王に即位した直後に変死したため、1946年に9代目の王に即位。1950年にタイに本帰国し、戴冠式を行った。

プミポン国王様.jpgタイへの本帰国後、全国で多数の農業プロジェクトを手がけ、遠隔地の視察、低農薬農業や代替燃料の開発などに取り組んだ。「微笑みの国」と呼ばれるタイの国王でありながら、公の場ではほとんど笑顔を見せず、峻厳なイメージがある。一方、社会的弱者の救済に熱心とされ、国民からは「ポー(お父さん)」と呼ばれ、国父として深く敬愛されている。
 王室の再興にも力を尽くし、王室儀礼・用語の復活、資金力回復を成し遂げた。米経済誌フォーブスによると、国王の推定資産は300億ドル(2010年)で、同誌の世界の王族資産番付で2008年から3連覇。英語の評伝が2冊あるが、いずれもタイでは発禁。
 1950年に結婚した王族のシリキット王妃との間に、ワチラロンコン皇太子、ウボンラット王女、シリントン王女、ジュラポン王女の1男3女。
 国王は2009年9月からバンコク都内のシリラート病院に長期入院中。公の場に出るときは車椅子で、2011年5月には過剰な脳脊髄液(のうせきずいえき)を除去する手術を受けた。

王様の誕生日2.jpg夜には花火が上がったり、また親戚家族が揃って食事をしながら、王様そしてお父さんへの感謝を表す一日。明日から、バンコクの多くの学校で洪水による臨時休校が解禁。夜更かししない程度に、我が家も子供と一緒にパパを囲みたいと思います。