タクシン氏カンボジア訪問 1

カンボジアの国旗.jpgタイの首相は就任後近隣諸国へのあいさつ回りに出掛けるのが常だそうで、インラック首相はまずブルネイを訪問しました。次はカンボジアを訪問予定というニュースが流れた直後に、なんと兄の元首相タクシン氏もカンボジアに行くと発表されました。

もともとカンボジアと親密とされたタクシン氏ですが、クーデターによる失職後海外逃亡中に政権を握った民主党の元、国同士の関係は悪化。その間にタクシン氏個人がカンボジアの政府顧問に任命されたりと、カンボジアはタクシン寄りの姿勢を弱めませんでした。

ここでもう一度、2国間の関係をおさらいしておきたいと思います。

外務省HPより一部抜粋

タイとカンボジアの国境問題に絡んで、2008年7月上旬にプレアビヒア寺院がカンボジアにより世界遺産登録されたが、その登録やカンボジア政府によるタクシン元首相の同政府顧問への任命(2009年10月)を巡り、両国関係が緊張し、時折、国境地域において小規模な銃撃戦が発生(2008年10月、2009年4月、2010年1月、4月)してきたが、2010年8月、タクシン元首相が、カンボジア政府の顧問を辞任した頃から、両国関係は急速に回復、相互に召還していた大使を帰任させるなど二国間関係は正常化してきていた。

緊張関係が続いています.jpgしかしながら、本年(2011年)1月から、プレアビヒア寺院近くにある両国が領有を主張する別の寺院にカンボジア側が設置した石碑及びカンボジア国旗を巡り問題が発生。タイ側は近隣地域で軍事演習を行うとともに、カンボジア側も同地域に軍を移動させるなど情勢が緊張していた。本年2月から断続的に戦闘が発生し、双方に死傷者が出た。

2月、本件に関する国連安保理の非公開会合が開催され、武力衝突に深刻な懸念を表明するとともに、双方に最大限の自制と、恒久的停戦、対話を通じた平和的解決を求め、ASEANの努力を支持する内容のプレス・ステートメントを発表した。 

また、ASEAN議長国であるインドネシアの呼びかけに応じ、タイ・カンボジア情勢に関するASEAN非公式外相会議が実施され、両国がASEAN議長国インドネシアから停戦監視団を受け入れる旨の議長声明が発出された。

 4月に再びタイ側スリン県,カンボジア側オッドーミエンチェイ州の国境地帯(プレアビヒア寺院から西に約200km)において交戦が行われた。カンボジアが,国際司法裁判所に対し,1962年の同裁判所の判決の解釈を要請した件に関し,7月18日,同裁判所は,暫定的非武装地帯からの両国の軍事要員の撤退,両国がASEANが派遣する非武装地帯への監視団を受け入れることを含む仮保全措置を指示した。タイ,カンボジア両国は,これを支持する姿勢を示している。

今現在も緊張が続いてはいますが、インラック氏は両国の関係修復に当初から意欲的です。首相就任翌日には在タイカンボジア大使館を一番に訪れましたからね。

Newsclipウェブ版より

首相とカンボジア大使.jpg8日に就任したタイのインラク新首相は9日朝、バンコク都内のプアタイ党本部でユー・オイ駐タイ・カンボジア大使と会談した。大使は首相就任を祝うカンボジアのフン・セン首相とホー・ナムホン副首相兼外相からの書簡をインラク首相に手渡し、国境紛争で険悪化した両国の関係改善に意欲を示した。一方のインラク首相は就任後初の外国の要人との公式会談にカンボジア大使を選んだことで、カンボジア側に誠意を見せた格好だ。首相と大使はともに女性で、会談は和やかな雰囲気の中行われた。

 フン・セン首相は2008年末に発足した反タクシン派のタイ・アピシット政権と激しく対立。国境未画定地域をめぐり武力衝突を繰り返し、今年2月、4月には交戦により双方の兵士、住民ら30人近くが死亡した。インラク首相の兄のタクシン元首相はフン・セン首相と関係が良好で、両国関係は改善に向かうと期待されている。

 インラク首相は9日、カンボジアのほか、インドネシア、アルゼンチン、ブラジル、ペルー、メキシコ、チリ、パナマの大使と会談した。

出足好調な感じのカンボジア外交ですが、15日からはインラック首相が訪問。そして、なんと後を追うように兄のタクシン元首相も16日からカンボジア入り。タクシン氏は先月、野党となった民主党の反発を受けながら日本に入国、実はその直後にカンボジアに行くとされていましたがこちらはキャンセル。そうそう派手に動けないからかと思ったのもつかの間、今回は確実だそうで、やはり妹のバックアップに行くのでしょうか。

次回に続く。